評論 第143回 2004年8月15日

世界の多極化が現実に
システムの移行期 東アジアに重要な役割

戦後ヤルタ体制 日欧発展が崩す

東アジアには中国、韓国、日本の三カ国が位置し、いずれの国も長い文化的伝統を持ち、互いに及ぼし合ってきた。これら三国にとって欧州は、さほど興味がわかず重要でもない遠く離れた地にすぎなかったが、19世紀になると、この遠く離れた国々が資本主義経済を形成して突如東アジアに侵入してくる。そして資本主義の世界経済・政治ネットワークに東アジアをいや応なく組み込んでしまった。

当然ながら東アジアは、世界システムの中でのこうした低い地位に満足しなかった。日本は明治維新を通じ、いちはやくこの状況を逆転させようと試みる。そして世界的分業の中で押しつけられた役割を変えるため、必要な技術を学び、国内制度を整えようとした。やや遅れて中国も辛亥革命(1911年)、続いて中国共産党による長征(1934ー36年)を経て立場の逆転を目指す。日本の植民地となっていた韓国は遅れをとり、同じような試みが始まったのは1945年になってからだった。

第二次世界大戦が終結した時点で、日中韓三国はいずれも世界システムの中で脇役に甘んじていた。当時新たにシステムの覇権を握ったのは米国である。同国は圧倒的な経済優位と世界最強の軍事力を誇り、軍事・イデオロギー両面で対抗できたのは旧ソ連だけだった。平和維持のため、両大国は互いを利する暗黙の取り決めをする。いわゆるヤルタ体制である。

両国は世界を二色に塗り分け、境界には手を出さないことに同意。経済面でも別々の道を歩むことで合意し、旧ソ連は自ら世界経済との交流を断った。さらに両国はあくまで武力を使わず言葉の上だけで対抗することを決め、ここに冷戦時代が始まる。レトリックの応酬は米ソ双方にとって現状維持の役割を果たし、地政学的状況を変える効果はなかったから、双方の同盟国・衛星国体制はそのまま堅持された。

ヤルタ体制は、ベルリン封鎖(1948ー49年)、朝鮮戦争(1950−53年)、金門・馬祖の台湾海峡危機(1950年代)、キューバ危機(1962年)の四回にわたって危機に瀕したが、どれも結局は振り出しに戻っている。こうしてヤルタ体制はうまく機能しているようにみえたが、突然立ち行かなくなった。

ヤルタ体制を覆し、米国から派遣を奪ったのは、二つの重大な変化だった。第一の変化は、西欧と日本の目覚ましい経済的台頭である。1960年代半ばには、米国は生産性の高い日本企業に対する経済的優位を失った。彼らは米国市場でも競争力を発揮した。西欧各国と日本はもはや経済面で米政府の好意に頼る必要はなくなり、むしろ米国にとって最大のライバルとなる。その結果、政治面でも自立を求めるようになった。

第二の変化は、「第三世界」や「南」などと呼ばれていた国々のうち主だった国が、ヤルタ体制から離反する意向を示したことである。最初に反旗を翻したのは中国だった。ヤルタ体制に背を向けたのは中国だけではない。キューバ、エジプト、アルジェリア、そしてベトナムが、米国主導の世界秩序に対抗した。

この過程でこれらの国々は旧ソ連から実質的な支援を受けたわけではない。ソ連は多くの場合、口出しとごく少額の資金援助しかしなかった。にもかかわらず小国のベトナムが米国に反抗し、あろうことか戦争に勝ってしまう。信じがたいこの勝利は、世界システムを大きく変えることになった。

1970年代前半のこのときから米国の力はゆっくりだが着実に衰え始め、同国の覇権には終止符が打たれる。1970ー2000年の30年間は、米国が凋落(ちょうらく)のスピードを遅らせようと躍起になる一方、東アジアが目を見張る経済成長を遂げた時期である。最初は日本、次に四小龍と呼ばれる韓国、台湾、香港、シンガポール、そして大陸中国が続いた。

日中韓三国は経済統合へ

2001年に入るとジョージ・ブッシュ大統領が就任し、同年9月11日には同時テロが発生する。これがブッシュ政権内の新保守主義者いわゆるネオコンに一方的軍事介入を実行する口実を与え、ついに2003年にはイラク侵攻が実行に移された。しかし米軍のイラク侵攻は、外交的・政治的・経済的にみて、そして軍事的にすら、最悪の失敗となった。

ネオコンの意図は世界における米国の地位を強化し覇権を回復するというものだったが、結果は正反対になっている。欧州は政治的自立に向かう動きを速め、北朝鮮やイランなどでは核開発が進んだ。そのうえ米国の政治的・道義的信頼は著しく低下している。

地政学的にみると、この先20年間の世界では欧州と東アジアが台頭し、米国とは別の立場で行動するようになるだろう。とはいえ、東アジアの行動はどんな形をとるだろうか。日中韓三国の間で最も問題が少ないのは、経済面での協力である。三国はいずれも十分に資本を蓄積しており、今後10年でさらに力を強めると予想される。日中韓が力を合わせれば、世界経済のメーンエンジンになることは可能だ。三国は経済統合によって多くを得、失うものはほとんどない。従って、確実にこの方向を目指すと考えられる。

困難が予想されるのは政治面である。この方面で三国が互いに抱く不満や不信は根が深く、関係継続のうえで重大な障害となっている。韓国は日本に植民地化された歴史を今も忘れないし、中国は1930年代、40年代に大半を日本に占領されたことが忘れられない。一方の日本は、中国と韓国から数千年にわたって文化的に見下されてきた感じており、いまだに愛国主義的な感情を高ぶらせている。

政治面の第二の問題は韓国と中国が今なお分裂国家であることだ。両国の国家統一はこの先も重要テーマである。第三の問題は、日中韓三国の軍事力である。各国が計画している軍備の形態・範囲(核を含む)などが問題をなろう。

東アジアが経済の舞台で重要な役割を果たすのは十分可能であるとしても、そのためには政治面の課題を解決しなければならない。中国も日本も、互いに相手がいなければ経済力を存分には発揮できまい。そして日中両国にしても、韓国なしではやっていけないと筆者はみている。従って東アジア三国の間で政治折衝を始めなければならない。それは欧州が過去半世紀にわたって続けてきたような交渉であり、不確実な要素が絡んでくることは避けられない。

仮に、日中韓の三国が過去の確執を棚上げにし(決して不可能ではあるまい)、中国と韓国がいずれも再統一実現の打開策を見いだし、三国が軍事面の調整について結論を得ることになるなら、東アジアは世界政治でも大きな存在となるだろう。

対米関係などの位置づけ課題に

そのとき三国は、次の三点について重要な政策決定をしなければならない。第一は、対米関係をどう位置づけるか。第二は、近隣諸国(とくに東南アジア)や周辺諸国(南アジア、南西アジア)との関係をどうするか。第三は、今後数十年に予想される南北問題に対してどのような立場をとるか、である。これらの問題は、地域こそ違え、今後数十年間に欧州が直面する問題とまったく同じである。

過去50年間、世界システムの中で発生した紛争や論争は米国(および敵を装っていた旧ソ連)によって規定され押さえ込まれてきた。しかしこれからの50年間は、本当の意味で多極化した世界が出現するだろう。この50年間はまた、資本主義経済に基づく世界システムから、まだ見えない別のシステムへの移行期になることも考え得る。このプロセスで、東アジアは重要な役割を担うことになろう。

2004年8月11日 日本経済新聞

イマニュエル・ウォーラーステイン

Immanuel Wallerstein, "The Changing Geopolitical Role of East Asia", Commentary No. 143 (Aug. 15, 2004). http://fbc.binghamton.edu/143en.htm