評論 第198回 2006年12月1日

ベトナム戦争の真の教訓
米敗北が友好生む

11月に行われたブッシュ米大統領のベトナム・インドネシア歴訪で、大統領自身と同行記者団の関心は、米国はイラク情勢についてベトナム戦争からどんな教訓を引き出せるか、ということに集まった。だが、大統領が教訓を学ぶべきなのはインドネシアからであり、大統領を迎えたベトナム・インドネシア両国の対応の違いを検討することの方が有益なのではないだろうか。

現在のベトナムは、米国の大統領が大っぴらに車列を組んで街頭をパレードすることを米シークレットサービスが容認する数少ない国のひとつだ。報道によれば、大統領は訪問中、ベトナム戦争は米国に忍耐の大切さを教えたと述べ「撤退さえしなければ、われわれはいつか成功する」と付け加えた。

いくら何でも大統領も知ってはいるのだろうが、米国はベトナムから撤退したのだ。ベトナム戦争がイラク情勢に与える教訓は、撤退さえしなければ米国は成功するということだ、などと言うのはブッシュ氏ならではだろう。

彼は、勝利をもたらすはずの忍耐心を持てずにベトナムから撤退した当時のフォード大統領の責任をあげつらいたかったのだろうか。それとも、ベトナムで実際に起きたことなどお構いなく、深く考えもせずに「米国のイラク政策は不変だ」という決まり文句を繰り返したにすぎないのだろうか。

親米共産国家

では、ベトナム戦争の真の教訓とは何なのだろうか。それは第一に、軍事力では月とスッポンの差がある小国に米国が負けたことであり、第二に、戦争の長期化が米国内に亀裂と経済疲弊をもたらしたということであり、第三に、戦争にもかかわらず、あるいは戦争での米国の敗北ゆえに、ベトナムは今日、世界で数少ない親米国家のひとつとなったということだ。

米国がベトナムで戦った表向きの理由は、共産主義に対抗し、東南アジアでの共産国家のドミノ現象を防ぐことだとされた。しかしベトナムは今も共産党が支配し、しかも彼らは米国に友好的だ。ではなぜ、米国はあれほどの人命と資源を投入して戦争を遂行したのか。そもそも米国はベトナムに軍事介入すべきではなかったのではないか。

ブッシュ大統領はベトナムの次にインドネシアを訪問したが、そこでは街頭パレードはおろか、現地で一泊することさえ危険すぎるとされ、数時間を政府施設に缶詰めになって過ごしただけに終わった。ベトナムの場合とは違い、過去の米国によるインドネシアへの介入は成功した。非同盟諸国の旗頭であり、一部であまりにもソ連に近すぎるとされたスカルノ大統領の追放劇では、米中央情報局(CIA)が暗躍した。当時、インドネシア共産党は共産圏以外では最大の勢力を誇っていたが、スカルノ氏に代わって権力の座についたスハルト氏は、党員の大虐殺を実行した。

憎悪のドミノ現象

インドネシアはまた世界最多のイスラム人口を抱える。世界的に見れば、インドネシアのイスラム教徒は穏健派に属するが、宗教とは一線を画したスカルノ政権の崩壊後、歴代政権はイスラム諸政党の政治的意見を無視するわけにはいかなくなった。ベトナム戦争では米国の敗北にもかかわらず、共産主義のドミノ現象は起きなかったが、インドネシアでは、米国のイラク政策を震源とする別のドミノ現象が発生した。

米国は今や、インドネシアのほぼすべてのイスラム教徒からイスラムの敵と見なされ、激しい怒りの対象となっている。ブッシュ大統領がもしジャカルタの街頭を車列を組んで進めば、石を投げられたことは間違いなく、だからシークレットサービスは車列を組むことを許さなかった。

これらのことはわれわれに何を教えているのだろうか。現在、世界に残る数少ない共産国家のひとつは親米国家となり、米国が手助けして共産党を壊滅させた国は、米大統領が足を踏み入れることの危険な国となった。今から20年後に米国の大統領を迎えるイラクの対応は、今回のブッシュ大統領にとってのベトナムとインドネシアのどちらに似通ったものとなるのだろうか。

2006年12月29日 共同通信配信

イマニュエル・ウォーラーステイン

Immanuel Wallerstein, "Lessons? Vietnam ,Indonesia , and Iraq," Commentary No. 198 (Dec. 1, 2006). http://fbc.binghamton.edu/198en.htm